児童ポルノ規正法

 なにも調べず条件反射的に書いてみる。どなたかのブログのリンクをたどって何気なく拝読した文章。

 死刑問題では毅然とした態度を表明したので評価していた鳩山邦夫法相が、児童ポルノを単純所持だけで処罰するなどというとんでもないことを言い出した。

 ほうほう。それはおかしいわね。今あるものを持ってるくらいいいじゃんね。

 でも最後のほうの文章にあぜんとする。

奇妙なのは、では少女ヌードの被写体となった子が、成長後、精神的ダメージを受けたという調査があるのかどうか、分からないということで(もしあるなら教えてほしいのだが)、なるほど、少女ヌードが、そういう趣味の親たちによって半ば強要され、当人が後で心に傷を負ったというなら、今後それらの製造を禁ずるというのは分からんでもない。

 これ誰が書いたの?小谷野敦さん? 

 え、そういう理由で製造を禁止されるのではないの? 「わからんでもない」って・・・。ていうかそれが一番大問題なんじゃないの? ロリコンポルノ系アニメみたいのまで禁ずるのはどうかと思うのね、人間そんなにきれいごとばっかじゃないし。でも調査しなくても、少女のころから裸にされて写真撮られてそれが流通してたら、ふつうその女の子はその後の人生いきづらいだろう・・・ って思うと思うのだが。まあ法律を決める時には数字があったほうがいいとは思うけど。ていうか、それくらいの数字どっかからひっぱってきなさいよ、という意味では同意する。

 しかし男って(というかこれを書いた人か)数字がないとわからないのねー。すごいびっくりした。ちがう意味で。といって、わからないのにわかったようなふりをする男はもっといやなのだが。いい悪いじゃなくて、びっくりしたの、ほんとに。

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プレスという蛮族

 93年にオープン、01年に会社更生法を申請して経営破綻し米投資ファンドに買収されたリゾート施設、「宮崎シーガイア」が初の営業黒字。東国原知事効果でしょうか。

 <シーガイア>初の営業黒字に…宮崎の大型リゾート施設

 90年代はテーマパークブームといって各地に外国や日本のある時代を模したアミューズメント施設がたくさんオープンした。特に九州地方にはたくさんあって、若かった私は広報業務といえばレジャー記者さんが東京から九州に取材に行くための航空券や列車の手配をすることだと思っていた感がなきにしもあらず。いっぺん200人規模のプレスツアーっていうのがあって、羽田-福岡便に乗り切らず、長崎便と二手にわかれたりした。

 そのとき私は知ったのだ。世の中にはプレスという蛮族がいると。

 報道関係者は何百人いようと広報に要求することはみんなちょっとずつ違うのだ。あのときのことを思い出すとつたない広報体制によく辛抱強くおつきあいいただいたものだな、と恥ずかしくなる。「ご苦労さまでした!」なんてねぎらいのはがきまでもらっちゃったりして。ああ、蛮族なんて言ってごめんなさい。私はアレで鍛えられました。あのときのあるライターさんからもらった1枚のはがきが私にこの仕事を続けさせているのです。

 そんなわけで、各地のテーマパーク・リゾート情報には注目してしまいます。今となってはご縁もないのだけれど、地元の皆さんには変わらぬ笑顔でがんばってほしいです。

 テーマパーク狂乱時代を知るキーワードはこちら↓(自分で解説する能力がない)

 総合保養地域整備法(通称:リゾート法)

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シャーマニスト宣言

 日本のメディアのやってることはジャーナリズムじゃなくて、ムラ社会の巫女さんのご託宣なんだ。

 と言った人がいた。「おお、そうなんだ」「みんなでこっちへ行けばいいんだ」って、多くの人たちが共感できるようなストーリーを提供するのが仕事。みんな共感しあいたいんだよ。mixiの流行り方みればわかるでしょ。って。

 それを聞いて、あ、そうだ、そういうことだったんだ。とすごいふに落ちた感じがした。日本の社会がメディアに求めているのは、事件であれスポーツであれ、報道じゃなくてご託宣なんだ。川淵キャプテンが代表選手たちに「視聴率云々」と言ったのは、彼らは巫者たりえていないという指摘だったのである。プレーや試合内容は関係ない。それならば日本最高のスポーツアナウンサーはK澤さんということになる。かなり巫者っぽい。シャーマニスト宣言。なんちゃって。そんな言葉ないと思うけど。 

 脱線した。

 「あるある」捏造で関テレ社長辞任

 「あるある大辞典」ってすごく視聴率がよかったんですよね。「あるある」的ご託宣はみんなが大好きなストーリー。視聴者が喜ぶからどんどんエスカレートしていった。「あるある」の罪は、正確な報道をしなかったことではなくて、「この番組はフィクションです」ってちゃんと表示しなかったことじゃないのかしらん。「フィクションです」って言われても、ストーリーとして面白ければ納豆を買いに走った人はたくさんいたような気がします。私はそんな気がします。

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まんがのフリー・マガジン

 上司がまんがのフリー・マガジン「コミック・ガンボ」をもらってきた。今のとこ首都圏主要駅での配布らしい。ウェブ会員になれば無料で読めるとのこと。少年・青年まんがのジャンルはよく知らないけど、江川達也さんとか村上もとかさんとか私でも知ってるビッグネームも執筆している。発行元は(株)デジマ、web2.0的展開もされていくそうな。中身は・・・、んと、みんな絵がうまいなーと思ったっていうか。すんません、このへんぜんぜん勘が働きません。

 「無料漫画誌」今日創刊 東京新聞 1月16日

 反射的に感じたのは、この会社の人たちはほんとにまんがが好きなんだろうか? ということ。ビジネスモデルとしてうまみがあるかどうか、だけでやりはじめたとしたら絶対失敗するだろうと。思いついたのは、広告収益モデルなら新人発掘はむずかしいんじゃないかということだった。既存の名前のとおってる作家さんが描いてないとクライアントがつかないのでは? と。

 あ、そういうおじさんおばさんたちのために江川達也氏とか村上もとか氏とかがかつぎだされたのか。

 でも成功すれば、ウェブにむいてる作家さんとか携帯というメディアに強い作家さんとかが開拓されるだろうし、そういうコミックの新しいありかただってあるのかもしれないなー。大手出版社じゃなくては新人が育てられないって発想しちゃう時点で、かなり頭がかたくなってるかも>私。その点ちょっと反省。

 あ、こうしておじさんおばさんたちが思わず投資しちゃったりするのか。上場はいつですか? 気が早すぎましたでしょうか(笑)

 株式会社デジマ

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東京とメキシコの子どもたち

 お昼休みに見ていたワイドショーで、ららぽーと豊洲の「キッザニア東京」の話題をやっていた。メキシコで大ヒットした子供向けお仕事ロールプレイング施設が、東京にもオープンするんだそうな。

 子供達は入場料を払って(父兄同伴ですよ)、キッザニア国の小切手をもらって入国する。小切手を銀行で換金するんだけど、そのお金だけじゃ、お店やさんで売っている一番安いものも買えない。そこでキッザニアのあちこちで働いて、お金をもらってお買い物をするのだそうです。消防士とか新聞記者とかパン屋さんとかいろんな職業を体験できる教育エンターテインメント、ってことらしい。警察官になって犯人(なんのだ)を逮捕したり、裁判所で裁判官の役をやったりするんだって。親が手をだすのは禁止。聞いた話では、欲しいものがあってお金を稼ごうと仕事を探しにでかけた子どもたち、働いた後では、最初に欲しかったものより、「安いモノ」を買うのだそうで。健全というかせちがらいというか。

 本家メキシコのサイトを見て、それから日本のサイトを見てみた。外国語がなにもできず(だから単語を拾い読みするだけ)、一生、京浜運河のほとりにしがみついて生きていくしかない私なのですが、ふと疑問に思う。

 こういう遊びって、日本人とメキシコ人しかしないんじゃないのか? 

 ひとつには、他のヨーロッパとかオセアニアとかアフリカとかアジア諸国の子供達も、「ロールプレイングゲーム」をするんだろかってことが、私はちょっとわかんなかったです。

 もうひとつには、このキッザニアは、なんかチョイスされてる職業、というか世界観が、「奥様は魔女」の頃のアメリカを彷彿とさせるんですよ。なんでハンバーガーショップとピザショップ? タコス屋とかたこ焼き屋とかないのか? あと農林水産業関連の職業がないのも不思議。単にスポンサー企業がつきにくいってことなんかな。あれなにで見たんだっけ、「私たちは魚を採らない。私たちは買ってくるんだよ」って言ってたのは誰だったっけ。あ、ソクーロフの「太陽」のマッカーサーか(正確な言葉は忘れた)。

※追記 Mexico Cityのキッザニアは「Farm」というパビリオンがあるみたい。東京はまだのようですね。

 ふと思い出したのは、AFPオフィシャルブログの井村俊義さんのエントリー。メキシコのサッカースタイルから、日本とメキシコは似てるかもと連想してたところだったので、なんか印象に残ってたのです。

日本とメキシコは似ている。160年前(1848年)にアメリカに国土の半分を強奪されたメキシコと、60年前(1945年)に原爆を落とされてアメリカに占領されて骨抜きにされた日本。どちらもアメリカを特別に意識しているところが、だ。もう少しかっこよく言うと、アメリカに対して「屈辱を感じつつも憧れを抱いてしまうアンビバレントな感情」をもっている、となるだろうか。
日本とメキシコはつながっている。1609年に千葉県の御宿に漂流したメキシコ(ヌエバ・エスパーニャ)の人々。そして、メキシコに向かった支倉常長。かつてアメリカと戦火を交えた両国。メキシコにとって日本は、初めて対等な友好通商条約を結んでくれた国でもある。今回、WBCで日本を決勝戦に導いてくれた国というのも加わった。日本と意外に近いところにいる人々、アメリカを鏡としている人たちを見ることによって、私たちが何者であるかをさらに深く知ることができるだろう。日本はアメリカを直視するにはあまりにも彼らに近くなりすぎてしまったからである。

 キッザニアと、このエントリーを結びつけるのは、ちょっと私的にこじつけすぎかもしれないけど。ちょっと気になったのでメモしておくことにしました。結論めいたことがなくてすみません。

 Kidzania
 キッザニア東京
 アメリカを動かすヒスパニックの力
 あれ、オフィシャルブログ一覧に名前がないけど、おやめになっちゃうのかしらん。

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八ヶ岳でアイロンかけ

 Extremeironing
 AERAをぱらぱら見てたら、イギリスのこんなスポーツのことが載っていた。

 エクストリーム・アイロニング。

 究極のアイロンかけ。高山とか深い海の中とかジャングルジムの上とかあり得ない場所でアイロンをかける競技だそうで、1997年にイギリスのフィル・ショウという人が、ロッククライミングの練習とアイロンかけを同時にしようと思いついたのがことの発端らしい。2002年には世界大会も開かれたとか。日本では、「エクストリーム・アイロニング・ジャパン」の松澤等さんが八ヶ岳でアイロンをかけたそうな。

「アイロンとアイロン台を担いで登山するのは、通常の数倍ハード。でも、『あの岩、アイロン台にいいな』なんて、違う視点で物を見るようになりました。」 AERA10.2号より

 しかしなぜアイロンかけ? そんなこといったら、スカイダイビングしながらアイロンかけとかピラミッドの上でアイロンかけとかオリエント急行でアイロンかけとか、ラジオ体操しながらアイロンかけとかぶらさがり健康器にぶらさがりながらアイロンかけとか、禁煙しながらアイロンかけとか幻聴ききながらアイロンかけとか祇園精舎のアイロンかけとか、椎間板ヘルニアで苦しみながらアイロンかけとか締め切りぶっちぎりながらアイロンかけとか子猫を崖から落とすなら食ってしまえよアイロンかけとか、あるでしょ。やっぱり。 

 あなたなら、どこでアイロンかけますか。

 Extreme Ironing.com

 写真の無断転載ごめんなさい。著作権を侵害する意図はありません。いちおうこれ、「スポーツ」ってカテゴリーになるんだよね?

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「フランス暴動 移民法とラップ・フランセ」

Banlieues 昨年の「移民の暴動」について、陣野俊史さんの「フランス暴動 移民法とラップ・フランセ」、「現代思想」2月号の特集を読んでみた。「現代思想」はすんごく面白くなかった。執筆者の人たちは、急に書くはめになって、考えがまとまらなかったという風に見えた。

  「移民法とラップ・フランセ」は面白かった。筆者の方の立ち位置がはっきりしていて、そこから見えるものにきちんと限定して書かれてある。へんな憶測とかうがった結論めいたこと、安っぽいストーリー作りがぜんぜんないところがいい。これを読んであらためて気づいたんだけど、ニュース報道は、当事者の立場からは書いていないのだ。「移民より」に書いている報道だって、外から見て「妄想」と言ったらいいすぎかもしんないけど、想像で書いている部分が多いような気がする。ニュースだけ読んで、わかったようなこと言うくらいならせめて「わかんない」と言える人間でいたいです。

 といって、あんまり記者さんを責める気にはなれない。ひとつのことをきちんと追いかける、という姿勢の取材なんて、たぶん会社的に許されないのじゃないかという気がする。ちゃんと取材しようと思ったら独立するしかないのじゃないかしら。でもそしたら誰がお金を払ってくれるのかしら。そんなことも考え合わせると、陣野さんという方はすごくがんばってらっしゃる方なのだなあ、と思う。

 フランスのラップはぜんぜん聞いたことがないので、自分的にじれったいような、ぴんとこないような部分はたくさんあった。サッカーを見たことのない人が、「フーリガンの社会学」を読んでサッカーを理解しようとするのと似てるかも。といいながらでも思うところはあって、すごくシンプルに「そうかラップって言葉(リリック)なのか」ということがわかった(ような気がした)。そこがすごく面白かった。言葉は人間だ。ラップを語ろうとしてボリス・ヴィアンをひきあいにだす人はそれをぜんぜんわかってないという気がした。私も最初はちょっとそう思ったんだけど。

 それだからこそ、フランスで「移民」の人たちのおかれている環境にも興味をもつことができたし、日本で「ラップをやる」とはどういうこと? という「まとめ」にも説得力があった。このエントリーにオチはないです。1冊か2冊の本を読んで、自分なりの結論なんてでてこないけれど、ででこなくていいと思っている。

 CPEに抗議するデモも起こっている。どうなるのかな。フランスの企業には体力がなくなっているから、ぶっちゃけ有用な人材だけを正登用したいというのは、企業の姿勢としては当然だと思うし、だからといっていきなり「2年間は自由に解雇できる」とか言われたら、言われたほうは怒るでしょう。つまり政府が政策の「さじかげん」を間違えたってことなのかな? と理解してるのですが、どうなんでしょ。

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またヤスケンか

 はー。気がすすまないけど、書くか。

村上春樹:直筆原稿が古書店に大量流出 編集者が無断売却

 文藝春秋4月号の村上春樹氏の文章を読んで、個人的には、気色悪い言い方になってしまいますが「あー完全にヤスハラさんの片思いだったんだなー」という印象を受けてしまいました。お教室で村上氏の小説の悪口を言いだしたら、皆でツッコミをいれたものです。

「まーたまた好きなくせに~」
「好きじゃないっ」
「大好きでしょ~」
「好きじゃないっつーの!」
「カ・タ・オ・モ・イ」
「・・・・・・(怒)」

 いや、やっぱりものすごい好きだったように見えたけどなー。「ハードボイルドワンダーランド」くらいまでは。私の知ってる限りでは、「ねじまき鳥クロニクル」(1994年)の批評がものすごかった。この小説に関しては、200枚くらいのものすごいこきおろし批評を書いていた。本気で、「ハルキはこんなことやってちゃだめだ、ハルキはもっといいものが書けるのに!」って、思ってたような気がする。

 でもそんなことは大好きな作家の村上氏には伝わらなかった。文字通り、余計なお世話だったのだ。

 と、いう風に見えた。憶測。つーかフツー伝わらないっしょ。そんな屈折した愛情表現されても。という風に見えた。これも憶測。作家になれなかったコンプレックスゆえに、自分には理解できない作家を激しく憎悪したというのも、憶測。ぜんぶはずれてるかも。ぜんぶ、当たってるかも。

 個人的には、その感情があったとしても、それにのっとられてしまうほどセコイ人じゃなかったと思う(言ってるうちに、言い方はどんどん激烈にエスカレートしていくのだが)。こと小説に関して、私怨があろうとも色眼鏡で見る人ではなかった。売りに出されたフィッツジェラルドの翻訳、というか村上氏の翻訳モノには、安原さん自身もとても愛着を持っていたと思う。あれを内田樹先生の言うように、「こんなものは文学じゃない。これはただの商品だ」と考えたとはちょっと思えない。村上氏の「神の子どもたちはみな踊る」(2000年)はすごく誉めてたし。

「村上春樹を育てた」っておおげさに言いまわってたんですかね・・・ でもそういうもの言いって、村上氏についてだけじゃなかったですね。村上氏の奥さんのことまで悪口を書いてたの? まあ書いたかもしらんな。そういうのも村上氏についてだけじゃなかった。いろんな人にそうやっていちゃもんをつけまくっていた。

 なんで原稿を売っちゃったんですかね。死を予感して、蔵書を処分しようとまとめて古書店の人に持っていってもらったものの中にはいっていたのか。私には、しおらしく原稿を返す気にもならず、かといって手許においておくわけにはもちろんいかないので、あとさき考えず、とりあえずそのとき可能な手っ取り早い手段で、手を出している人に渡した、という風に見えた。そうでもしなかったら、安原さんの死後、あのぐちゃぐちゃな部屋で原稿は永遠に発掘されることはなかったであろう。みたいな。憶測ですけどね。全部、憶測。

 でもされた作家はそれで納得はできないでしょう。作家のファンの大学の先生も、好意的に解釈しようがないでしょう。たいていの人は、ヤスケンていうのはセコくてみみっちいヤツなんだなと思うでしょう。安心したり喜んだりする人さえいそうである。

 いくら憶測しても無意味だ。原稿の流出に関して、村上氏が不愉快な思いをものすごく我慢して自分をおさえてらしたのは事実なんだから。あれを読んで、村上氏は安原さんのことをこんな風に思っていたのか、と思って、私は悲しかった。でもそういう悲しさは、村上氏がずっと我慢して感じていたことなのだ。

 それもこれも、全部含めて安原さんなんですよ。としか言いようがない。もういいかげんおとなしく成仏してくださいという感じである。ほんとに。

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朝日新聞のジャーナリズム宣言

「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」

 電車の中でこのコピーを見て「?」と思った。そのときは直感的に「?」と思っただけだったのだが、きのう家にきた友達が「あれってへんだよね」と言い出し、内田樹先生もへんだとおっしゃっているので(書いてあることは半分もわからなかったけど)、私もたまには真面目に考えてみようと思った。

 最初に、「あんたほんとは言葉の力なんてぜんぜん信じてないでしょ」とつっこみたくなった。コピーライターの人は、自分で信じてはいない、クライアントが喜ぶような文言をでっちあげたとしか思えない(そこはどうかわからない)。

 なんでそう思ったのかな。

 感情的で、残酷で、無力なものを、それでも信じるあなたはバカですか? っていうふうに見えちゃうのだ。なんかあらわそうとしていることと、このコピーの表しているものが、正確にあってないのだ。私がこのコピーから受けた印象はこんな感じ。

「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だとしか思えない。だからこそ、私は言葉の力を信じているふりをし続ける。そうでもなけりゃやってられるかい、ジャーナリズムなんてそんなもの宣言」

 元コピーと、私の受取った印象とのギャップはなんなのだ。だんだん「?」の正体が見えてきた。

 まず主語。言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ、と思っているのは、誰なのだ。あんたでしょ、朝日新聞。あたしじゃないよ。勝手に決めないでよ。

 そして「それでも信じている」と続く。「それでも」というからには、感情的で、残酷で、無力なのはいけないことだと言ってるわけですよね。感情的で、残酷で、無力なのっていけないことなのかな。みんながみんな疑いもなくそう思ってるかのように断定されるのには違和感を感じる。

 私は言葉が人間を作ることを知っている(と思っている)。言葉が人を、その人があるべき姿に導くことも知っている(と思っている)(必ずしも聡明でエレガントな姿ではなかったとしても)。すごく素朴な感覚かもしれないけど、私は、暴力的でも、感情的でも、無力でも、残酷でも、そのこと自体が言葉の持っている力なのじゃないかなと思うのです。それは全部、人間のやっていることだから。言葉できれいな感情が起こるのと、一方で醜い感情を起こす力を言葉が持っていることとは、裏と表に分けることさえできない、言葉の持っている性質なんじゃないかなと思う。生活のレベルではなく、もっと広い意味で言葉というものを考えたとき、いい言葉と悪い言葉を分けるのは全く意味がないと思う。生活のレベルで言葉の良し悪しについて言うんなら、誰がそう考えたかという主語や、どういう状況でそう思ったかという背景がないと、もめごとの元になりそうだ。価値観は人それぞれだから。

 まあそれは私の考えだから、みながそう思わなくてもいいわけなんですけど、朝日新聞のコピーには違う考えの人もいるってことが、受け入れられる余地がないですよね。ある考えを、他人もそう思うだろうと勝手に決め付けてるようなところが、ちょっと幼児的な感じがします。まして、問題になっているのが「言葉」である以上、言葉に対する考え方(=言葉)はいろいろあるみたいだよってことに、ここまで鈍感なのはちょっとどうかなーと思う。そして、自分でも信じていないことを「それでも信じている」と無理やり言い切っちゃうところが、ナルシシズムが健康的に働いていないというような感じも受けます。

 いえ、幼児的な人がいてもナルシストの人がいてもいいんですけどね、ほんものの幼児ならそりゃ幼児らしくしてるでしょうよとか思うしね、でも朝日新聞の場合は、ジャーナリズムを宣言しちゃうくらいなんだから、その幼児性が立派なことだと思ってるわけでしょ? それおかしいよ。やっぱり。

 今日のところはここまで考えました。なんだか言い足りないこと、正確さに欠けるところがたくさんあるような気がするけど、一応、書いてみた。読み直してみて、私はまだ、言葉についての自分の考えに、自信がもてないでいるということがわかった。なんかどんどん城戸熊太郎化してる気がするな。私はずうずうしいので生き延びるつもりですが。

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旅は続く

 映画「タイタニック」が流行ったころ、船会社で働いていた人が、機関室のシーンについてものすごく懐かしそうに語るのを聞いて、そういうふうに見る人もいるのかと印象的だった。船の話は大好き。子どものころに青函連絡船に乗ったのがずっと心に残っている。真夜中の港で、ドラがなって、動き出した巨大な客船の向きを変えるために、タグボードが小さな船体を押し付けて押していくのだ。当然、雪が降っててデッキはすんごい寒いわけですよ(笑)

 日本郵船の豪華客船「飛鳥」が、15年の航海を経て横浜港に最後の入港。日本船籍では最大・最高と言われた船。この春、ドイツ船籍の「アマデア」として生まれ変わるという。まだまだ旅は続くのです。

客船「飛鳥」 さよならセレモニー

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朝からなんか腹たったのでライブドアの件

 ライブドアに家宅捜索がはいり、株主が大量の売り注文をだして東証の機能がマヒ。小泉首相がしたり顔で「せっかく株価があがってきたところだったのに残念ですね」と言ってるのを聞いてなんか腹たった。

 株価があがったあがった景気回復だと言ったって、ベンチャー企業一社の姿があらわになったくらいでパニックになるくらいの状況だったわけでしょ。ていうか東証もショボすぎますよ。ライブドアがどんだけ大量の株式発行してるとかこれはかなり強引な株価吊り上げ操作だろうとかそんなの見ればわかるじゃん。いまさら何をあわてふためいているのさという感じ。

 そうですか世界の市場に影響を与えましたか。いいじゃないこれが今の日本経済の姿じゃない。法律違反してるならそれはいかんですよ。ルールはルールだから。法律ぎりぎりのところでアクロバットするのが腕の見せ所でしょ。でも別に肩を持つわけではないがそれでも私は妙に爽快な感じがした。株価をあげるための操作なんてどこだってある程度やってるじゃない。ライブドアは子どもっぽくそれを露骨にやりすぎただけだ。と思ふ。

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衆院選で脚光、PR会社人気

 産経新聞の朝刊より。

 私はPR会社で働いているので興味深く読みました。プラップジャパンが動いたのかな? とかいう感じで。自民党のストーリー作りはあまりに安っぽいという感じがしたけど、それってPR会社が悪いというより、国民の皆さんがそういう情報のありかたを求めていたということだと思います。すんごいエラソーだけど。結果的に自民圧勝だし。

051026 PR会社が政治の中でどのような仕事をするかっていうのは、NHKの高木徹さんの「ドキュメント戦争広告代理店-情報操作とボスニア紛争」に詳しい。ボスニア紛争を国際PRの側面から取材している本です。周知のとおり、情報戦に勝ったのはいち早くアメリカのPR会社を雇ったボスニアなわけだけど、とにかくいかにボスニアが可哀相でセルビアが残虐かっていうことに焦点をしぼって訴え続けるあたり、そこまでするかって感じです。

 その中で、ものすごく印象に残って書き留めておいたところがあるのでひっぱりだしてみました。

 セルビアは情報戦略に出遅れて、国際世論では完全に悪者になってしまう。PR会社に打診しても、こうなっちゃってはひきうけられないと軒並み断られる。でパニッチ首相が、起死回生の大勝負に出る。アメリカのABC放送の呼びかけに応え、ボスニア・ヘルツェゴビナ大統領と電撃会談をすることになった。ところがサラエボ空港に到着したところ、パニッチ首相暗殺計画が流れたうえ、送迎の装甲車は連日の銃撃戦のため1台しかないという事態になってしまう。

 そこでパニッチ首相とABC放送の大物キャスターがその1台の装甲車に乗り込んで大統領府へ出発する。置いていかれたプロデューサーとカメラクルーはそこらへんにあったバンをチャーターして(もちろん防弾設備なんかない)あとを追っかける・・・ そして、銃撃され、プロデューサー氏は死亡する。どちらの側が撃ったのかは結局わからないんだけど、どちらにせよ、世紀の電撃会談計画はセルビア陣営によりネガティブなイメージを与えてしまったわけ。

 で筆者はこう言うんです。

それはパニッチ首相を助けるPRのプロがいない、ということに本質的な原因がある失策だった。もし、ルーダー・フィン社がこのサラエボ訪問を仕切っていたら、カプラン(プロデューサー)やABCクルーを危険にさらすことは絶対にしなかっただろう。装甲車の数が足りなくても、カメラマン一人だけはなんとかパニッチ首相とドナルドソン記者に同行させるか、あるいは一人分しか席がないのなら、ドナルドソン記者をおろしてでもカメラマンを同行させるよう進言しただろう。首相とドナルドソン記者が先に行ってしまい撮影スタッフが残されれば、危険を顧みないで追いつこうとするのはプロから見れば当然予測できる事態である。臨機応変に現場を仕切れる専門家がいなかったことが、取り返しのつかない結果を招いた。

 もしこの会談が実現していたら。

 PRのプロがやれることって、安っぽいストーリーつくりのほかにも、もっとたくさんあるはず。PRという仕事の意義は、そういうちっとも脚光をあびたりしない部分にあったりするんじゃないかなーと思ったりします。イラクで日本人が拉致されて、日本の家族がものすごいバッシングを受けているときとかに、なんで外務省はプロのPRマンをつけてやらないのかみたいなこととか。

 私がそんなスケールの仕事をするなんてことが、あるはずもないんですけどね。しかもこういうこと言ってると予算ぶんどってこれないのでけっこうダメダメです。まあ話としてさ。

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愛・地球博終了

 まだ間に合いますよ。

 Yahoo!オークション 【オーストラリア館 ジャイアントカモネ】

 9月25日0時30分現在、366件の入札で1,403,000 円なり。

 これ、「公式オークション」なんですね。オークション代行してるのはメイナーズジャパンていうオークション会社で、工場の機械設備なんかのオークション処分を専門にやってるらしい。そんでもって、オークションサイトにアップする情報の制作や管理は、アープっていうホームページ制作会社がやってるんだとか。ちゃんと専門の人がいるのね。そりゃそうだよね、これだけ大きくて値段もそれなりになったら(点数もけっこうあるだろうし)、誰かちゃんとつかないとできないよね、と妙に納得。

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コンタクトレンズ泥棒

 川崎市で29歳の男性がコンタクトレンズと眼鏡の泥棒を繰り返していたんだそうだ。昨年1月から、若い男の人が眼鏡をひったくられたり、コンタクトレンズを盗まれたりしたらしい。

「中学の時に友人から眼鏡を貸してもらい、よく見えるようになったのが快感になり、盗むようになった」

 っていうんだけど、なんか江戸川乱歩っぽくないですか? 椅子の中にはいって好きな女の人の座ってくれるのを心待ちにするみたいな感覚と似てる気がする。すごく風変わりな人なんだろうということはさておいて、眼鏡124点やコンタクトレンズ30組を盗んで、この人は何を得たのだろう。視力以外に。妄想の入り口みたいなニュースです。いや妄想にふけってるのは私なんだけど。

 2005年7月28日19時54分 読売新聞

 家に押しかけコンタクト盗む、自宅に眼鏡など154点

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小倉昌男さんの訃報

 ちょっと日がたってしまったのですが。

訃報:小倉昌男さん80歳=ヤマト運輸元社長
2005年6月30日

ogura 宅配便の産みの親である人。宅配ビジネスについて私が何か言うようなこともないけど、ヤマト福祉財団の活動は興味深かった。
 障害者が共同作業所で作った手作りグッズは、魅力がないから誰も買わない。だから障害者は毎日働いても月給1万円しかもらえない。失礼な話である。ちゃんとビジネスとして成立する、障害のある人の働く場所を作ったのがこの人。その経緯は、日経BP社刊「福祉を変える経営」、小学館「小倉昌男の福祉革命」 に詳しい。長い間おつかれさまでした、とお伝えしたいけれど、福祉の分野は、小倉氏のような感覚の人を本当に必要としているのではないかと考えると、とても残念。

「福祉を変える経営~障害者の月給1万円からの脱出」
小倉 昌男 (著)
¥1,365 (税込)
日経BP社
2003年10月

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つかれたあなたをはげましたい

20050223-00000004-maip-soci-view-000

雑記帳 青森・鶴多町で今年も「ツル多はげます会」
「ツル多はげます会」の“綱引き”(毎日新聞)10時34分更新
←クリックすると拡大画像に

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青色LED和解:中村教授「日本の司法制度は腐ってる」

 この人面白い。

 8億で和解と聞いたときには勝ったのかと思った。本当に青色ダイオードは他の人には発明できなかったのか? ってことが根本的に判断できないので、なんともいえないけど、小川社長の「研究開発者は興味を持って取り組んでおり、技術的成果に楽しみを感じている。単純に金銭に置き換える人はそう多くない」というコメントを読んで怒るのもわかるような気がした。

 技術者の人は楽しみで研究してるんじゃないと思うよー そりゃ好きでなければできないという部分は大きいだろうけど、成果をあげて会社に貢献しなければ! というプレッシャーや自分の生活のために、要するに仕事だから研究してるのでは? ここ読んだら確かになめてる・・・ って思った。

 というかこういう人が海外に行っちゃったらどう考えたって国力落ちるでしょう。いいの? ただでさえフリーターだニートだっていって暗澹たる先行きなのに。なんでここで国力なんていう言葉が出てくるかというと、ちょっと前に総務省の「フリーターの増加で国力の低下が本気で懸念される」、っていう報告を読んで、本気で懸念してるにしちゃどうにもなってないなと思った記憶があるからなのです。

 ノーベル賞とった田中さんみたいに欲のなさそうに見える人じゃないと会社にも司法にもウケが悪いのですね。どちらの方のありかたがいいとはいえないけど、性格的なものは別として力のある人がのびのびできない世の中はやっぱりいやですね。

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天災

 実家の安否を気遣ってメールや電話をくださったみなさん。ありがとうございます。うちの実家のほうは震源地からはちょっと離れてるところだったので、すごいゆれたらしいけど、無事でした。電話がつながったのは深夜でした。とりいそぎご報告します。

 実家のある地方は大きな被害はなかったといえ、やはりなんだかざわざわしているようです。なにしろ481箇所に10万人が避難しているという。食料運べないんならごたくならべるよりカネだよカネ! ひろったお金でもいいから。つーことで義援金の送り先など。

読売新聞 特集トップ 無断転載禁止

日本赤十字社は25日、新潟県中越地震の被災者への義援金の受け付けを始めた。郵便振替で、日本赤十字社新潟県支部(口座番号00530―2―2000)へ。 通信欄に「新潟地震」と明記する。12月30日まで。

 今、母から電話。実は今週の日曜日が父の一周忌で帰省するはずだったのですが、上越新幹線は今日になっても開通せず。長距離バスは迂回運転。飛行機は飛んでいるが大量のキャンセル待ち状態。新潟県自体が、軽く孤立している模様。どうも行くのも帰京するのもむちゃくちゃたいへんそうなので、一周忌は私は欠席することに。それもあるが、土曜日はアルビの試合をビッグスワンに見に行く予定だったのだが。つーか母はサッカー観戦のために一周忌の日程をずらしたのだが。被災地の皆さんにどうぞ早く笑顔がもどりますように。そしてそれ以外の多数の人が、どうぞ日々を幸福に楽しくおすごしくださいますように。 

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新潟水害救援ボランティア

 東京は40度の爆暑、かと思えば日本海側では大水害。とんでもない夏になっています。新潟の実家では、弟がボランティアにでかけています。今の時点で、やはり必要なのは男手。泥をあげる、捨てる、片付けるという作業がやはり一番たいへんなようです。

 こういうのは、適材適時適所といいますか、この人材ならこのタイミングでならお役に立つみたいなことがあるので、別のタイミングが巡ってくることもあるでしょう。私自身は、体調を整えてこのものすごい夏を乗り越える準備が必要でしたしね。事態は見続けたいと思っています。

 自分用のメモとして、関連サイトのリンク。

 新潟県中部7・13水害関連記事抜粋(新潟日報)
 三条市災害ボランティアセンターブログ
 中ノ島町緊急ホームページ
 新潟水害救援ボランティア活動基金 

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